堺商人(あきんど)の家





堺商人(あきんど)の家

敷地は、大阪府堺市の準工業地域である。
それが行政の地域指定が先か、工場が集まったから指定されたかは、ニワトリと卵のような話であるが、そこには波形スレートの無彩色の建物とパワーリフト達がモクモクと働いている。
建築主は、夫婦と成人になる4人の子供達(長男・三女)である。
仕出屋さんを経営しておられ、奥さんは仕入れ・料理をこなしながら4人の子供を育ててきた元気な人である。そのせいか、いいとか悪いとかは別にしてテキパキとした合理主義者であるようにみえる。
そんな、準工業地域という環境とテキパキとした住み手のことを考えると、近代建築としてのコートハウス形式の建物になるというのは、ある意味では、当然といえるのかもしれない。
しかし反面、合理主義者にとってみれば堺のあきんどらしく「そんなんとらんと、部屋にでもしときいや。もったいないやんか。」というのもうなずける。
それを言葉は悪いが、だましだまし、或いは私の”誠意”をわかってもらえたのか(少なくともそう信じている。)なんとか、この形でいくことになった。
しかしそこには、堺商人の場合ローコスト???というのではなく”ねぎり”が入るのである。
余談ではあるが、このエネルギーのおかげで歴史上、戦国時代に日本一の自治商業都市になったのかもしれない、などとも思うのである。
そんなこともあって...、建物の核となるパティオは、あえて何もしなかった。人には未開発、あるいは理解されていない能力や、退化した部分がある。それは自然を生活に取り入れ、ゆっくりとその自然と過ごしてゆく事によって開発される部分ではないかと、まったく漠然とではあるが思っている。
これは私の建築家としての一生の課題であり、こだわりでもある。
このパティオが住み手にとって、建物と共に様々な物語や成長を語るスペースであればいいと思う。
前記のような堺商人のエネルギーを考えると、それは大きな楽しみである。


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